「キリストの平和が支配するとき」コロサイ3:1-16

 「天には栄光、地には平和」、それはイエス様のお生まれのときに天使らが神を讃美したことばです。それからに二千年経った今も、人の世に戦争が繰り返され、争いは止むこと知りません。人間、ことばがきちんと伝わるところに暴力は起きません。それは単に言語の違いではありません。心を通じ合わせること、それがかなわず、自分の願いを通そうとするとき人は暴力に訴えるのです。ヤコブの4章に書かれている通りです。

 ことばの通じない世界、ここにも4つの違いがでてきます。ギリシャ人とユダヤ人、それは民族の違いです。割礼の有無、それは宗教の違いです。未開人とスクテヤ人、それは文化の違いです。奴隷と自由人、それは立場の違いです。人は差別を生み出しますが、それは心が問題なのです。

 その心、私たちには二つの生き方があります。地上のものと天のもの、肉のものと御霊のものです。押さえることが困難な誘惑。それは食欲、性欲、貪欲、不満足、怒り、落胆、虚栄心、プライド。修道士が逃れられなかったことです。ところがそれがわからないのです。渇きの穴をなんとか埋め合わせようともがく姿です。それは神から離れている罪がゆえです。それらを殺し、捨て、新しい人を着なさいと命じられています。

 私たちは新しい服を着たら、それにふさわしい立ち振る舞いをします。パリッとした服を着たら、新しい気持ちになります。そう、キリストを着るのです。愛の帯を締めるのです。そのようにしてキリスト平和が心を支配するとき、御使いが語った平和が与えられます。それは「みこころにかなう人たちに」です。周りを責め、あるいは言い訳しても始まりません。あなたの心から平和が始まり、これだけが世界を変える神の救いです。

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