「神のことばである聖書」ネヘミヤ8:1-12

 「父から子どもたちへの29の手紙」という本があります。子どもの質問に答えるかたちで父の伝えたいことが書かれています。「このところ、やればやるほどうまくいかないんだけど、それはどうして?」あなただったらどのように答えるでしょうか。聖書は神の私たちへの手紙、私たちへの思いが込められています。宗教の教典と呼ばれるものがあります。それは人が神を探り求めた結果。どんなに近づいても越えられない線があるのです。

 さて、初めての宇宙飛行士、彼らは「地球は青かった」と言葉を残しましたが、その神秘に神の存在を垣間見ます。また、私たちの心には善悪を見分ける道徳心・良心があります。どこからきているのでしょう。戦争の歴史、それを見ると、洗脳・訓練された兵士が殺戮を繰り返しした結果、心が壊れてトラウマということばができました。人の心に良心があるのはなぜでしょう。神なくして説明できません。そのようにご自身を現しておられることを「一般啓示」と呼びます。

 しかし、おぼろげながら神の存在がわかっても、神のみ思いはわかりません。神がことばをもってご自身を知らせた。それこそが聖書です。「特別啓示」と呼びます。

 このネヘミヤ記。民が神を捨てた結果、国が滅ぼされ、捕囚になりました。その彼らが故国への帰還を許され、神殿と城壁を再建しました。箱物は元に戻っても中身を取り戻すことは容易ではありません。我々は神のことばに立ち返ろう!と彼らは律法の書を読み漁るのです。結果、彼らは悲しみ泣きます。神から離れて、そのみ思いも知らずにいた自分たちの愚かしさに気がついたのです。私たちもみことばを理解するため「読み、聞き、学び、覚え、行う。」神のみ思いを知り、その祝福の道を歩もうではありませんか。

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