「神の霊が臨んで」Ⅰサムエル19:18~24 佐々木弘幸師

 ダビデは王として油注がれながらも、サウルに追われ、命の危機さえ何度も経験しました。その度に不思議な助けの道が与えられました。身の置き所のない逃亡生活を強いられたダビデは忍従の時期を耐え忍び、サウルへの復讐心からも聖められました。

 逃亡先のラマでのことです。ここではサムエルや預言者たちに支えられ、守られましたが、サウル自身がダビデを捕らえに追ってきました。しかしそこに霊が臨み、彼は預言して倒れました。神はご自身の愛する者に、試練や苦難を与えないことはないのですが、不思議な力でダビデを守ったのです。その神の力の前には、どんなものも手を下すことはできないのです。

 私の峡南での牧会にも様々な困難がありました。納骨堂の建設では集落中で村八分になり、一年間で16キロ痩せ、不眠とうつになりました。しかし役場からの提案で納骨堂が建ちました。借家の会堂の老朽化が著しく、教会堂を建てようと願いました。宗教法人のない教会が会堂を建てることは困難です。甲府教会の境内地として登録する道が開かれました。そうこうするうちに騙し騙しとしてきた脊椎狭窄症が悪化しました。医師を用い、スカイプ礼拝を通して入院中の教会が支えられました。クリスチャンもノンクリスチャンもあらゆる人を主の霊はお用いになるのです。

 信仰信仰と言いながら、人間的な判断や計算をしたり、熱心や努力を困難な状況を切り抜けようとするのが私たちです。神の霊が働くことに委ねることこそ、本当の信仰です。サタンはいくらでもつけ込む隙を見つけることがでしょう。しかし、教会もひとりひとりも神の霊に導かれて歩むなら、まさかと思うような方法で助けられ、そればかりではありません。神の栄光が表されるのです。