みことばを口ずさむ

 祈祷会では第一歴代誌を読んで来ました。歴代誌の最後の何章かははダビデの神殿建設の準備の記事が細かに記されています。神殿建設は単に建物を建てることだけではありませんでした。祭司や歌うたい、門衛らを礼拝の奉仕のために組み分けし組織して礼拝が欠かすことなく営まれるようにするのです。建物がいわばハードならば、そこで献げる礼拝の中身であるソフトも同時に整えるのです。

 それらは幕屋での礼拝のスタイルと若干異なっています。それまではいけにえを献げる礼拝が中心でしたが、神殿ではそれに加えて賛美が献げられるようになるのです。歌うたいはアサフ、エドトン、ヘマンの氏族に割り当てられました。そう、詩篇の表題によく出てくる名前です。

 旧約の時代、聖書はまだ確立していません。書き記された律法の書も誰もが読めるわけではありません。口伝で語り伝え、教え伝えられていたわけです。その中で歌うたいの役割は重要なものであったことでしょう。賛美の歌を通して主に心を向けさせられ、口ずさんで覚え、教え、それを繰り返すことでいつも主とともにあったのです。詩篇を原語で読むとイロハ歌であったり、ことば数を揃えたり、韻を踏んだり。様々な工夫をしています。歴史を語り伝えたり、主がどのようなお方であるかを告白したり、バラエティー豊かに信仰を告白しているのです。

 さらに歌うたいは訓練を受けました。達人もいれば弟子もいる。それがくじで選ばれて奉仕の組み分けがされました。特定の誰かではなく、主の前には上手い下手も関係なく、みんな同じところに立つのです。私たちもみことばを口ずさむ生活を礼拝の中で、毎日の歩みの中でしていくときに、豊かな神の恵みの中を歩むことができるでしょう。賛美を豊かにする工夫をしたいものです。