むしろ、思いやり、助け合い…

 豪雨や地震、災害がかつてより頻繁に起こるように感じます。果たしてどうなのでしょうか。気象庁の統計によると、Ⅰ時間に50ミリ以上の大雨が降る頻度は1970~80年代に比べて3割程度増加しているといいます。短時間で一気に降る大雨は災害を引き起こすリスクが高く、大規模な災害を毎年のように耳にするようになりました。

 水文学という学問をご存じでしょうか。地球上の水循環を扱う学問です。雨が降り、流れ、海に至り、それがまた蒸発し、雲になります。雨となって降った水は地表を流れ、あるいは浸透して森に蓄えられ、あるいは富士山に降った雨などは数十年という長い年月をかけて麓に湧いてきます。現象は捕らえられても、それをコントロールすることはできません。もちろん、地球温暖化は大きく影響を及ぼすと考えられていますから、そのための取り組みは様々なされてはいます。

 その水がどのように流れ下るのか、それと共に押し出す土砂をコントロールするのが河川工学、あるいは砂防工学といわれる分野です。人が制御できるのは、降った雨にどのように対処するかです。私たちは天気予報を見ては行動を変えます。でも、天気そのものを変えることはできないのです。

 なぜ、神はこのようなことを許されるのかと私たちは思います。それは災害だけではありません。病気や障害、怪我や事故・・・。何もかもを人がコントロールできるようになったとしたら、人の思い上がりは再びバベルを作ることになるでしょう。神抜きに作ろうとする世界の合い言葉は「名をあげよう」。それはいつの時代も変わりません。悩みのあるところに、痛みのあるところにともに思いやることを、ともに助け合うことを、ともに励まし合うことを、へりくだって、させていただきたいと願うのです。