カラダの不思議と感謝

 「七転八倒」。このことばを使ったことは何度となくありますが、それは「たとえ」の話。あるいは心や思いの話。からだがそうなるとは思いもよりませんでした。右腹に激しい痛みが襲い、横になってもいられない。脂汗が滲み、のたうち回って痛みが収まるのを待つしかない。最初のときにはいったい何が起こったのかもわかりませんでした。いつまで続くのか、一体何が起こったのか、これからどうなるのかさえわかりませんでした。

 3回目の痛みのときに、これは病院にいかなければどうにもならないとわかって、救急で受診した結果、尿管結石、三大激痛と呼ばれるものであることがわかったのです。10ミリより小さいものは、とにかく水を飲んで、オシッコを出し、自然排石されるのを待つ。7割が一ヶ月以内に排石されるというのですが、一ヶ月間もいつ襲うかわらない痛みを抱えたままというのは、生活に差し障ります。

 8日目に無事、排石されてホットしたのですが、考えてみると人間の体って大変な仕組みです。雑多なものを飲食するわけです。流しの排水口だって、汚れが詰まるわけです。それが、きれいに保つように造られている。その臓器や仕組みってすごいなぁと改めて思ったのです。私の場合3ミリほどの石が二つ出ましたが、そして、石ができても無理ないなぁとも思うのです。そして、不調があれば、痛みのサインを送り、どうにかするようにと知恵が与えられている。

 人が造るどんなものでもこんな精巧にはできません。汚れれば洗い、壊れれば交換します。汚れても自らきれいに保ち、壊れても新しくされるカラダ。それは神様が設計し、精巧な機能とすばらしいバランスとをもって生かしてくださるからです。そのバランスがちょっと崩れただけで不満を持つような者。もっと感謝しなければと改めて思うのです。