コロナウイルス、尊重と配慮を

 ウイルスなんてそんなに気を使ってきませんでした。それでも、人前でしゃべるのが仕事ですから、感染して撒き散らしちゃ申し訳ない。毎年インフルエンザの予防接種だけはすることと冬の季節、手洗いとうがいを普段より心がけてしているという程度です。それがこのコロナ騒動でいろいろと考えます。
 パンデミック(世界的感染流行)という言葉もはじめて聞きました。その最も大きなものは100年前のこと、1918~1919年にかけてのスペイン風邪(インフルエンザ)で、死亡者が4千万人とも5千万人、患者数は世界人口の50%と言われています。当時は、ウイルス学も発達しておらず、抗生物質もまだありませんでした。インフルエンザにはワクチンがありますが、コロナウイルスにはワクチンがありません。かつて流行ったSARSやMARSもコロナウイルスの変種ですが、有効なワクチンはなく、どれも、感染予防くらいしか今のところ手立てはないのです。
 教会の中で、それをどのように考えたらいいのでしょうか。ウイルス感染に関する知識や理解、その感じ方はそれぞれです。すべての人が家から一歩もでないというようなことは現実的ではありませんし、社会全体がマヒしてしまいます。教会でもすべての活動を休止したとしても、それぞれ、別のところで活動をしています。次のようなことが現実的ではないかと思うのです。
 不特定多数の多くの人に接さざるを得ない仕事や移動をする人はなるべく控える。何らかの症状のある人も出席を控える。手洗い、消毒、マスクなどをする。不安のある人は自主的に控える。そのようにして、「もらわない・うつさない・拡げない」ための工夫を各自が心がける。そして、これが収束に向かうように時を待ち、とりなしていきたいと思うのです。そして、それぞれの判断を尊重すること、周りに配慮することをしていただきたいと思います。ご協力をお願い致します。