天皇の代替わりと偶像

 天皇が代替わりし、平成から令和へ元号が変わりました。一連の即位の礼、そして秋に行われる大嘗祭、そこには政教分離の原則から反対の意見も根強くあって、秋篠宮が皇族の行事として執り行う意見を述べたこともあり、興味深く見守っています。多くの人が祝賀ムードにある中そう思うのは、偶像と関わりがあるからです。

 政教分離という前に考えなければならないのは、天皇制そのものでしょう。憲法は前文で国民主権・平和主義を掲げた後、第一条に次のように記されています。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」この国民の総意というものはどのようにして受け止められてきたでしょうか。戦後74年、改正議論とならずに受け止められてきたということでしょうか。これが、大日本帝国憲法によれば、「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあって、建前上の天皇統治と万世一系という国体が偶像として第一となり、また、それを利用して戦争へと国民を駆り立てました。

 それが戦後、象徴天皇となりました。天皇自身もこの象徴のあり方を模索したと宣べられてきました。統合の象徴と総意ならば、それこそ、アイドルグループの総選挙でもありませんが、誰かが立って親善大使のようにするのもよさそうなものですが、そうではありません。日本の伝統と私意を全く奪われた天皇家の世襲によって、世俗から離れて神格化、偶像化するようなところに置かれているのではないでしょうか。

 戦後、天皇性が継続したのは、これをなくしたら、国としてのまとまりがつかなくなるという配慮であったと思いますが、何かが起こったとき、再び同じ轍を踏みはしないかとの憂慮を覚えます。そして、旧約の民の歴史に重ねて、いかなるときも真の神のみを神とすることを改めて心に刻みたいと思います。