春を待つ心とイースター

 梅がほころび、暖かな日差しを感じるようになると「もうすぐ春!」と気持ちが前向きになりますね。「越冬」ということばがあるように冬を越すのは容易なことではありません。もっともその感覚は四季がある国だからのことで、赤道直下の常夏の国ではその感覚はまったく違うものなのでしょうが。

 春はイースターの季節です。イースターは「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」と定められた年によって日付が変わる移動祝日です。私たちはそういうものだと祝いをしていますが、古くは「復活日論争」というものがありました。

 初代教会ではユダヤ教の過越の祭りと同じ日に祝われていたと考えられています。それはイエス様の十字架が過越の日の安息日にかからないようされ、週のはじめの日によみがえられたからです。それはユダヤ歴ではニサンの月の14日で、小アジアの教会(東方)に受け継がれました。一方、ローマ(西方)では復活を覚える日曜日を主の日とするようになったため、「ニサンの月の14日の次の日曜日」に祝うようになりました。これは325年におこなわれた第一ニカイア公会議において同じ日曜日に祝うことが決議されました。

 しかし、16世紀になって西欧社会がグレゴリオ暦を用いるようになってから、再び西方教会(ローマカトリック)と東方教会の間で復活祭が異なるようになりました。

 たぶんに教会の世的な影響力の大きさを映し出すような論争です。そもそも、信仰の内容には全く関係ない問題。二人でも三人でも主イエスの名によって集まるところは主が共におられる主の教会。そして、死に打ち勝ってよみがえられた主イエス様が、私たちの希望となり、光となってくださった。それを喜びとすること。それこそ春の希望とともに祝うこと。それを待ち望みましょう。