津波の跡地に立って(1)

 石巻キリスト教会での奉仕の合間を縫って早朝、石巻と女川を訪ねてきました。すでにガレキが撤去され、臭いもなく、直後の生々しい傷というより、かさぶたが残った跡地ということばが当てはまるような光景でした。しかし、残骸として残る生活の跡を見ると、一瞬にしてすべてを失うということの痛みが自分だったらと重ね合わせます。これまで何十年と暮らしてきた場所、ここであの時と思い返せば、いいところでぷっつりと途切れたテレビのように、悔しさとも怒りともつかないような思いが繰り返し、繰り返し思い返されるのではと思いました。
 出会った初老のおじさんは弟が行方不明、残された義妹は姪のところに身を寄せたものの、孫に「おばあちゃんはおじいちゃんを見捨てて一人で逃げた」と口も聞いてもらえないといいます。そんなわけないとわかっていても人を責め、自分を責めずにはいられない心の痛みはどれほどのものでしょうか。
 重なり合うのは、戦後、焼け野原になった街のあり様です。敗戦の日は明日。歴史上のできごとは、それを経験した者でしかわからないもっと個人的な思いがそれぞれあるものでしょう。呆然とし、立ちつくすような思いながらも生きなければならない。生き残った者として。そして、それは私たちにとって遠い向こうの出来事ではなく、自らのこととして考えなければならないでしょう。
 また、まとまりのつかない私の頭の中では関東大震災直後にJ.V.Martinが作った一つの賛美歌がリフレインしています。

 遠き国や海の果て いずこにすむ民も見よ
なぐさめもてかわらざる 主の十字架は輝けり
なぐさめもてながために
なぐさめもてわがために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ
聖歌397番