神学校今昔物語

 1988年秋、私は初めて聖書宣教会の見学に行ってみた。学校と言うには程遠い古い木造の建物。それもそのはず、来年には取り壊して移転が決まっていたからだ。見学した一年生の授業は10帖ほどの教室というよりは部屋に5人の神学生、何の授業であったかは思い出せない。学校というよりは私塾、神学生というよりは門下生といった雰囲気だった。だから私は聖書宣教会というハイカラな名前よりも聖書神学舎という名前の方がしっくりくるのだ。
 昼休みに食堂に集まると、とはいっても、直前までは教室だった場所に集まったのは、若いといっても大学生の私からすればぐっと大人の諸先輩方。学ぶことよりも、何かに一生懸命取り組もうとしている諸先輩の姿、そこで賢明に大事なことを学び合おうとしている空気に触れたことは大きなことだった。
 半年経って入学を許された私は、再びここにやってきた。最初からギリシャ語、ヘブル語という語学に苦しみ、いまだかつてないほど勉強した。寝る間を惜しんでではなく、寝る間を削らなければついていけなかった。もちろん、それは私がのんきな学生だったからであって、その後もっと勉強するべきことはたくさんあるのだと知ったのだが。
 先生方は、いまでこそ同労の先輩になっているが、当時は一線を画す厳しさを持っておられた。「うぉっほん」などと咳払いされるだけで、背筋を伸ばさなければという気持ちにさせられたものだ。それはそう、米国海軍のスパルタ教育を受けた宣教師、生死の境をくぐり抜けた元特攻隊員等が教師となっていたわけで、教えの中身の話しではない。
 昔話はそれとして、徹底して教えられたのは、「みことば」に聞くことだ。人の教えではない。神に聞くこと。それがひとりひとりの内に宿ることを今も願ってやまない。