「まことの神、イエス・キリスト」

 復活のイエス様は「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています」と言われました。生ける神であることの宣言です。ここでイエスは弟子たちとガリラヤ湖の向こう岸へ渡ろうと言われます。漁師であった弟子たちは、湖のことなら隅から隅まで知っています。彼らは漕ぎ出しますが、そこに突風です。これに捕まったらどうにかやり過ごすしかない。「舟は波をかぶって、水でいっぱいになった」そのとき、水を掻い出し、あらん限りの知識を総動員して切り抜けようとしたに違いありません。

 そんな中、イエス様は一人眠っておられるのです。今までイエス様は神の子であるしるしを現してきました。カナの婚礼で水をぶどう酒に変え、悪霊を追い出し、病気をいやされました。人々はみな驚いて、「これはどうだ。権威のある、新しい教えではないか。汚れた霊をさえ戒められる。すると従うのだ」(マルコ1:27)と論じ合います。キーワードは権威です。それを信じた人々、百人隊長はおことば一つでしもべはいやされますと告白し、長血の女は着物に触るだけでいやされると信じました。弟子たちはどうでしょうか。

 弟子たちの「私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか」とは、この状況でよく眠っておられますね。手を貸してくださいという思いであって、イエスが何かをなさると期待する言葉ではないでしょう。そこでイエスが風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われると、風はやみ、大なぎになったのです。「いったいこの方はどういう方なのだろう」と弟子たちはまだ理解できませんでした。復活のイエスに出会いすべてが氷解し、「私の主。私の神」という告白し、すべてを捨てて従ったのです。あなたはイエスをどのように信じているでしょう。

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