コラム

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心とカラダ、魂と霊

 先週、ぎっくり腰で二日間まるっきり動けず、おおよそ一週間でほぼ元通りに戻りました。急性で痛めたものは、比較的治りが早いものです。一方慢性になっているものはなかなか完治というわけにはいきません。T姉がつけている十年日記に Continue Reading →

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慣れがもたらすものと欠け

●長年同じ仕事を繰り返している  ↓慣れすぎている ●仕事の内容を良く知っている  ↓記憶に頼って仕事することが多い ●仕事を苦労しないで出来る  ↓気軽に操作してしまう ●いつもの仕事ならスムーズに出来る  ↓突発的な Continue Reading →

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忘れないでいただきたい大切な一致

 私たち教会が、大切なことを決めようとするとき、必ず問われるのが「一致」です。三位一体の神は愛によって三つにして一つのお方です。そして、神の教会は一つとなることを通して御栄えを表すように、主イエス様の尊い贖いによって召さ Continue Reading →

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賀川豊彦、その足跡から

 修養会IIIでは、「神の国」の実践として、その多様な働きによって知られている賀川豊彦の生涯とその働きについて伺いました。牧師として、また特に社会活動家として名は知られていても、その働きについて学んだのは私にとっても初め Continue Reading →

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いのちの受け止め方

 2017年の日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳です。それは平均であと何年生きるかという平均余命の見込みを推計したものです。ですから、私たちが実際肌で感じている寿命とは少し異なります。明治期では女性 Continue Reading →

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愛のジレンマと小さな一歩

 先週、第一コリント13章の愛の章を一緒に読みました。私には、愛を語ることに「ためらい」があります。それは、いつも「語っている自分はどうなんだ」という問いかけを聞くからです。聖書を語って愛を語らずということはあり得ません Continue Reading →

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つまづきの事態

 前回、「アディアフォラ」という言葉を紹介しました。私たちの行動を考える上で大切な概念であることを学びました。しかしながら、二つの点において、アディアフォラはない。その一つが信仰告白の事態。もう一つがつまづきの事態です。 Continue Reading →

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つまづきの事態

 前回、「アディアフォラ」という言葉を紹介しました。私たちの行動を考える上で大切な概念であることを学びました。しかしながら、二つの点において、アディアフォラはない。その一つが信仰告白の事態。もう一つがつまづきの事態です。 Continue Reading →

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アディアフォラとは?

 アディアフォラ?聞き慣れないことばですね。聖書によって明確に命じられても、禁じられてもいないことで、個々の信仰者の良心と判断に委ねられている事柄をそう呼びます。元々は、ストア派の哲学者たちによって形成された概念で、善で Continue Reading →

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ビジョン・パッション・ミッション

 修養会Ⅰで学んだことの復習です。前回は幾分消極的なことをまとめ直しましたが、積極的に考えることはこの3つ。どこか、私たちの視点は目の前のことだけに追われて、神のみこころの全体像をつかめていないことがないでしょうか。改め Continue Reading →

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