「どうしても話が通じないとき」第二サムエル2:4-28

 イスラエルの国の王、サウルの後継者争いが起こり、そのために刺し違えた者たちが起こりました。「いつまでこんなことを続けるんだ」と、とりあえずことが収まった。それがこの箇所が伝える記録です。この出来事の登場人物はダビデとその軍団長のヨアブとその兄弟アビシャイ、アサエル、一方で、サウルの子イシュ・ボシェテ、その軍団長アブネルです。それが争います。一つ同じ神の恵みの民であるイスラエルの中に内戦です。
 サウルは自分に王はふさわしくないと始めたはずですが、いざ王になるとそうはいかなかった。神の御旨に叶って謙遜になるのではなく、みこころを損ない、自分より力があるダビデが現れてきますと、妬み、蹴落とそうとつけ狙います。同じように私たちのこんがらがって複雑に見える出来事も、解きほぐしてみると実は始まりは小さなことに過ぎないことが、今日考えたい事柄です。
 しかし、そこに、お互いを刺し違えるような愚かさが、それに気づくまで続いていきます。戦いが起れば共倒れです。どっちも失う。どっちも悲しみが残る。それでも人は争い合うのです。どうしても話が通じない時、人がするもう一つはディールです。身を引いて丸く収めるか、白黒つけないとはっきりしないと気が済まないのか、あるいは妥協して折り合いをつけるか、そんなことをして収めていることは少なくありません。
 ただ一つだけ、それを乗り越えて、私たちがわかり合い、ともに生きる道があります。「愛されている子どもらしく、神に倣う者となりなさい。」(エペソ5章)です。そして、「キリストを恐れて互いに従い合いなさい。」自分を捨ててお従いします。キリストに倣ってというものが、唯一私たちが与えられている神様の恵みの道なのです。その救いの道を与えてくださるために主イエスさまが世に来られたのがクリスマス。その救いの道を喜び歩みましょう。