「聖霊を悲しませるな」エペソ4:20-32

 私たちキリスト者は、古い人を脱ぎ捨てて新しい人を着た者たちです。古い人の世は支配と被支配、そして、それが故にバラバラになって争い合う世界です。一方、主が私たちに与えてくださったのは、平和の絆で結ばれて御霊による一致によって一つとなる世界です。パウロはそれを本気で求めていますかと問いかけます。
 そのためになすべきことは、「偽りをやめて真実を語る」ことです。人はアダムとエバの堕罪以来、いちじくの葉で隠す、偽りの壁とでも言うべきものを作ってきました。それは、偽りで塗り固めてきたもの明るみに出たときに非難され、拒絶されて交わりから絶たれるという恐れです。しかし、キリスト者は主の贖いによって愛され、赦され、受け入れられた者たちです。そして、その恵みによって一つとされた者たちです。もはや恐れはいらない。だから真実を語り合う交わりを築くように、「互いに、からだの一部分なのです」。
 一方で、未だ古い人が頭をもたげてくるのが私たちです。「怒っても」、「憤っても」ということがあるのです。ですが、それをぶちまけたり、根に持って恨み続け、憎み続けるようなことがあってはいけないのです。私たちの70年にも、そのようなものがありました。でも、それを乗り越えさせていただいたのはキリストの教会だからです。
 なお、「聖霊を悲しませるな。聖霊によって証印を押されている」からと言います。だから「神もキリストにおいてあなたがたを赦してくださった」ように、赦し合えと言うのです。それは、わかりやすく言うならば、一人一人にキリストの印がついているからです。印、ブランドの持つ意味は「信頼と保証」です。真実なキリストの愛によって、命を捨てるほどに「高価で尊い」、そして、聖霊によって保証をつけてくださっている。私たちは弱い者たちですが、聖霊によってキリストに向かい、前進するのです。それをしっかり保とうではありませんか。