こどもの成長を喜ぶ

 こどもは遊びの天才です。大人が「おぜんだて」したことなど、まったく意に介さず、思いついたことをそのまましちゃいます。後先を考えることもなければ、周りの目を気にすることもありません。夢中になっているときには時も忘れ、いや、考えることもなく、疲れ果てればバタッとどこでも寝てしまいます。自由、まったく自由!それが子どもらしさというものなのでしょう。
 ところが、どこかいつも人目を気にしてノビノビできない子がいます。周りにどう見られるのかを気にしてコソコソ、ヒソヒソする子がいます。まっすぐに目を見て話のできない子がいます。オドオド、ソワソワ、落ち着きのない子がいます。それだけではありません。こどもの貧困問題が語られるようになって久しくなりましたし、世界を見れば戦火の中に置かれて大きなトラウマを抱えたり、怯えて萎縮する姿は痛ましく涙が出てきます。それはどこか大人の社会がそのまま映し出す鏡ではないでしょうか。
 今年度は日本ではこども家庭庁が創設されました。その政策を見ると、それは一生懸命に取り組んでいるのですが、政府ができること、周りができることはバックアップ、支援が限界なんだと気づきます。どうやっても親にとって代わることはできません。
 こどもの成長を感謝する、それは親たちに「頑張ったね、この一年、いろいろ会ったでしょう。病気も怪我もあったでしょう。心配や心痛めることで眠れない夜もあったでしょう。グッド・ジョブ!よくやった!」と言いたい。そして、その喜びはただただ、子どもたちの喜ぶ顔。それが何よりの宝です。そして、神さまへの感謝です。
 私たちの息子らが 若いうちからよく育てられた植木のようになりますように。
 私たちの娘らが 宮殿にふさわしく刻まれた
隅の柱のようになりますように。詩篇144:12