70年の歴史1(教会のはじまり)

 戦後、横浜のGI(進駐軍)ゴスペルアワーから始まったセンド宣教団(旧極東福音十字軍)による宣教は、山梨県で、甲府市のみならず、身延、山中湖、道志、都留、韮崎においてもなされ、甲府では1955年にD.エングホーム師により始められました。同師は武田通りに面した山梨大学南に「学生伝道」の幻をもって宣教を始め、数年間は女子高生やご婦人のお年寄りの多い集会でした。
 1958年には宣教師の借家のガレージに「甲府福音教会」の看板を掲げ、天幕伝道集会も行われました。1958年にD.エングホーム師が休暇で帰国され、代わってB.ヴィックマン師が2年半ほど奉仕されます。同年の少し前にB.バウム宣教師が主に学生伝道のために1963年まで奉仕され、学生伝道、銀行、デパートでの働きの実は大きつたと聞きます。また、1957年から宣教団によって文書伝道のための「福音書房」が中央(旧常盤町)の桜町通りで始められ、後に丸の内のダイタビル近くに場所を移し、1970年まで13年間続けられました。宣教師が様々な方法を通して福音を伝えるべく働きをしてくださったのです。
 1959年には山本敏明師が初代の牧師として招聘されて、教会は前進を続けます。1961年には「日本新約教団」が発足し、この時には「甲府キリスト福音教会」として名を連ねています。どこの教会にとっても大きな問題は会堂の問題です。宣教団は1961年に現在の教会の土地110坪を購入し、数名の宣教師や伝道グループ、神学生、兄姉の奉仕によって、米軍の簡易住宅を無料で払い下げていただき、1962年に旧会堂(約20坪)が献堂されました。一方で同年に山本敏明師が辞任されて、木村寛一牧師が招聘されました。当時教会独自では牧師の招聘が経済的に困難で、新約教団と宣教団との話し合いももたれています。この年、教会として初めての教会総会と役員選挙が行われました。
(50周年記念誌より つづく)