1990年頃から、青年の受洗者はほとんどがクリスチャンホームの二世にシフトしています。教会の中で育てられてきた子どもたちがこのように成長してともに恵みにあずかるということはなんと幸いなことでしょうか。そして、5~6年というサイクルで活躍していた青年の多くが進学、就職、結婚ために離甲したりしました。これは地方教会の宿命です。そして、都会の教会に行ってみると、地方教会の出身者で大多数が占められている教会が少なくありません。
青年は同年齢層が群れる傾向があります。宣教師による青年伝道の働きが途絶えて、新しいコンタクトを教会が得にくくなってきていることが伺えます。センターを購入することができましたが、建物が伝道するわけではありません。場所はもちろん必要で大切なのですが、どのような働きをするのかが問われることだと思います。ELIスクラム伝道という夏のサマーワーカーによる英会話伝道を試みたり、コーヒーアワーと銘打った集会をしたり、あるいは、英語教師として短期間働くために来た兄姉が関係する人たちを誘ったりという時期がありました。
また、韓国永楽教会との交わりが与えられて、1992年、1993年、1995年、1996年には韓国より青年が来甲されました。1994年にはこちらから夏期伝道奉仕に粕谷牧子姉、佐藤直美姉、富岡敦子姉が参加しています。
信徒が伝道するためにという自覚と促しがあって、1992年から総動員伝道の学び「細胞グループ」の学習を開始しました。教会内でもいくつかのグループをつくって活動し、月の第一週の午後をこのために充て、交わりがもたれました。千塚・山宮地区集会や、マナの会などがこの時からもたれるようになりました。後述する昭和町キリスト教会への株分けなどをして、働きは分散しましたが、よき交わりを与えられた恵みの経験となりました。
(つづく)