もうすぐこの年も終わり、新しい年を迎えようとしています。除夜といえば鐘。ふけゆく夜に鐘が響きます。中国では宋代の頃から朝暮れの2回、百八の鐘をつき鳴らすようになりました。暁の鐘は眠りをいましめ、暮れの鐘は迷いを覚ますためと。それが除夜だけになったという由来だそうです。それは12ヶ月と24節気72候(立春から始まり大寒で終わる24の季節とさらにそれを3つに分けた数え方)を合わせて百八。それがみな去るというしるしとしたというのが儒教風。
仏式で言えば、百八の煩悩、人の感覚6つに、好き、嫌い、いずれでもないという3つの煩悩、楽しむ、苦しむ、いずれでもないという3態の煩悩で6×3×2で36。これが現在・過去・未来にわたるので百八。あるいは「四苦八苦」、この4×9と8×9を足したら百八。鐘楼の梵鐘のイボイボも百八なんだそうです。これが鐘の音の功徳によって払い落とされるんだそうです。
これが神道で言うと大祓。一年の罪過ちを払い落とすわけです。
教会で過ごすと世の風習にはいかさか疎くなるものですが、古来から人間はそのように一年の終わりという節目に心新たにしてきたわけです。日本人のそれは神仏混合の儀式であってもかまいませんし、意味を問うことをしなくなります。
私たちは、罪過ちのすべてを十字架の上で負って下さったイエス・キリストの救いの事実よって赦され、義と認められている。そのことをもう一度感謝し、神の愛の御手のうちに罪の一切を主のもとに降ろしながら、一年を閉じたいと願います。また、新しい一年を迎えるに、御霊が新しいきよい心をかたち造って下さることに期待しながら迎えたいと願います。さらにはその恵みを世の人が知るようにとの祈りをおささげし、新しい年への備えと致しましょう。