70年の歴史4(器が整えられる)

 1970年代、若い人が多く導かれていく中で、教会員の結婚式が10年間で18組!行われました。また、後に献身に導かれた兄弟も起こされたことは感謝なことでした。
 開拓伝道を進めていた西甲府教会は、1970年にJ・テーラー師と山崎昭宏師により千塚で集会が始められ、1973年に現在の山宮町の地に礼拝堂兼牧師館を献堂し、協力しつつ伝道が進められました。この働きは山村英夫師に引き継がれました。1995年から一時無牧を経て、韮崎に隠退した藤原孝行師が1996年から2024年春まで牧師を務めました。
 一方で、1979年には5名の教会員が転出するという痛みもありました。教会も生きたからだとして傷を負い、苦しみ、悩みながら、「生きて証しをする」べく使命に生かされていることを教えられます。
 新会堂の建設の願いは1970年の分級室増築の時からのものでしたが、土地会堂の支払いのために進められないでいました。1976年に新会堂建築委員会が設置されましたが実際には進まず、1979年になってようやく始動を始め、具体的な準備が進められました。1982年の教会総会で建築が議決されて建設工事が始まり、1983年に献堂することができました。
 同時進行して1981年に宗教法人の認証がなされました。当時、全国の都道府県では「宗教法人が幼稚園や保育所を持つことは『無認可』のそれらを認めることになるし、収益事業である場合が多いので『公益事業』としては認められない」という方針でしたが、「伝道機関」として愛児園が認められました。また、1981年に納骨堂の献堂をすることができました。経済的に困難なことでしたが、主があわれみのうちに与えてくださったものです。さらに主はパイプオルガンの設置をも賜りました(1985年)。
 こうして、この時期、主の恵みによって教会の器が整えられ、現在に続く基礎が築かれたのです。(つづく)