イサクはアブラハムとヤコブに挟まれて、自らの出来事として記録されているのは、井戸掘りです。彼も飢饉に見舞われます。主は「エジプトに下ってはならない。わたしがあなたに告げる地に住みなさい」と言います。エジプトに身を避けるのは、イージーな現実的選択です。ですから、困難であっても、私に信頼して生きる道を選べ。「あなたの子孫を空の星のようにする」という約束のことばを与えるのです。
約束を信じてこの地に留まるのですが、ペリシテ人のゲラルで偽りをします。妻リベカが美しく、妹だと偽るのです。それがバレますが、むしろ王アビメレクの庇護を受けます。この地で祝福されて、富み、裕福になります。するとペリシテ人はねたんで、ここから出て行ってくれと言うのです。多くの羊と牛の群れ、僕たちを養っていかなければなりません。確実に水を確保しなければならないという死活問題です。
私たち、日本のキリスト教会はテモテ書の「時が良くても悪くても」であれば、ずっと悪いのです。世界的に見ても、最も福音が伝わらない国です。その中でこの70年、戦後80年、様々な試みを繰り返して来ました。様々なムーブメントがありました。しかし、なかなか打破できない宣教の壁があります。
本当に掘り起こすべきものは何でしょうか。イサクが掘り起こしたのは井戸です。生きるためにどうしても必要でした。私たちにとって生ける命の水、命の言葉は聖書のみことばです。イサクは掘っては邪魔され、掘っては埋められましたが、掘り起こし続けました。同じようにみことばに生きたいと願っても、井戸が塞がれるように言葉虚しく、そう思えない、信じられないと思うような不信仰の心、意気消沈という妨害が起こります。でも、聖霊が御言葉を思い起こさせ、火を燃やし、力づけて進ませてくださる。ですから、みことばを掘って、掘って、これに生かさせてください。これに力を与えられて進ませてくださいと祈り続けましょう。