「まだ、あなたを見捨てない」エレミヤ18:1-18

 聖書を理解するためには、神と人との契約を理解することが鍵の一つです。旧約には5つの契約があります。いのちの木の契約であるアダム契約、約束の虹のノア契約、信仰の告白としての割礼のアブラハム契約、律法と幕屋を通してあらわされるシナイ契約、恵みの約束であるダビデ契約です。
 しかし、そこから逸れる3つの道を王国の歴史から学んできました。偶像礼拝に走るヤロブアムの道、周りと迎合し、調子を合わせてバアル礼拝に走ったアハブの道、頼りになりそうなものだったら手当たり次第、何にでも手を出すマナセの罪です。そして、その流れを食い止めことができず転げ落ちるように自ら滅びに向かっていく様を学んできました。
 聖書に流れているもう一つの鍵は「愛と恵み」です。ノアの大洪水、それは人は滅ぼされるべき罪人であることを教えています。その中から贖い出されたのがノアです。信仰によって滅びの中から救い出し、神の民としてくださった。そして、契約のゆえに、まだあなたを見捨てない。立ち帰れというのが、預言者をして語られたメッセージです。
 エレミヤは陶器師の家でその仕事を見せられ、「見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたはわたしの手の中にある」ということばを聞きます。そして災いを告げられます。聖書の中で神が与えるといった災いというのは常に3つです。剣と飢饉、そして疫病。それをして「さあ、それぞれ悪の道から立ち返り、あなたがたの生き方と行いを改めよ」とのことばを預かります。
 見捨てられてもしかるべき者たち、これでもかというほど、神から離れるにもかかわらず、陶器師が納得いかない器を作り直すために、壊しては作るように、主はまだ、見捨てることなく、立ち返ることを願い、預言者を通して招く恵み深いお方です。その恵みを深い感謝をもって受け取る信仰によって進みましょう。