「キリストの証人として立つ」使徒22:17-30

 主に打たれ、なすすべもなくなったパウロは歩みを転換させられます。そして、『行きなさい。わたしはなたを遠く、異邦人に遣わす』という使命をいただき、歴史を変えるほど大きく用いられたのは誰もが知るところです。彼の歩みは自分で選んで決めた歩みではありません。むしろ先もわからないまま、一歩一歩を主に導かれた歩みです。

 彼の働きのスタートはエルサレムのユダヤ人たちの間のことでした。アンテオケから送り出されて、向かった先での伝道旅行。そこではユダヤ人の会堂で安息日に集まる人たちに語るのがいつものパターンでした。それが大きく向きを変えたのは、ユダヤ人からの迫害です。「これからは異邦人のほうへ向かいます」と足のちりを払い落としたとき、聖霊に導かれてトロアスで幻を見、マケドニヤに渡ってからのことでしょう。彼はそこで自分の使命を確信していくのです。

 世は私たちに「道を探せ!道を開け!」と迫ります。一方でパウロをキリストの証人として立たせたのは神が与えた使命です。神が彼を遣わし、彼をお用いになるのです。そして彼のすべての経験も賜物も捨てることなく用いられました。何一つ無駄なことはありません。

 その導きは決してやさしいことだけではありませんでした。石打ちで半殺しにされたり道を閉ざされたり。自分で選んだわけではないところを何度も通らされました。自分の命を手の中に握りしめている限りは己のものです。しかし主に明け渡していくならば、どんなに困難な状況であっても、それは遣わすお方ご自身がご計画をもって用いてくださるのです。私たちも自分で握りしめているものがあったならばそれを手放し、主が導かれることに祈り従おうではありませんか。 

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