震災10年、さらなる祈り

 震災10年という節目を迎えました。私たちの生活は日々の待ったなしです。この10年で多くを失った人たちも新しい生活を定着せざるを得ませんでした。再建、再興、復興、創出と様々なことばが使われますが、それぞれのことばに探られる思いがします。
 「再」がつく、再建、再興は元に戻ることを願うことです。人間、何かで今のものが失われたとき、元の通りに戻ることを願う心があります。それは、長年かけて築いてきたものだからでしょう。それに満足していた人もいれば、そうでない人もいますが、それは今まで生きてきたいわば結果です。ですから、それを失うとき、過去を失うような思いになるのです。5年、10年、30年、50年と生きてきた過去です。人間、前だけを向いて生きている訳ではありません。
 復興ということばは、今までのものを乗り越えることを意味します。さらに創出というとき、それは英語ではイノベーションと呼びますが、今までにない新しいものが生み出されることを意味します。それは、今までも何かしら乗り越えることのできない壁を覚えていて、それが新たなきっかけになったようなケースでしか生まれません。しかも、非常に困難です。実際、インフラに巨額な投資をして整っても、人がいない。それが現実です。
 私たちは大きな試練とともに、心新しくされる人が起こされることを祈ってきました。しかし、人の心はそれほど柔らかくはないと感じます。自分自身を考えてもそうです。もっと心柔らかにされて、あるいは今まで問うたことのことないようなことが問われて神に向かうようにと願うのですが現実はなかなかそうなりません。出エジプトの輝くべきことを見ても不信仰になり、大きな神の警告、預言者のことばを耳にしても、頑なになるが人の心。どうしたら人の心は新たにされるでしょか。どうか主のあわれみと恵みを注いでください。「絶えず祈り」を覚えたいのです。