愛のジレンマと小さな一歩

 先週、第一コリント13章の愛の章を一緒に読みました。私には、愛を語ることに「ためらい」があります。それは、いつも「語っている自分はどうなんだ」という問いかけを聞くからです。聖書を語って愛を語らずということはあり得ません Continue Reading →

つまづきの事態

 前回、「アディアフォラ」という言葉を紹介しました。私たちの行動を考える上で大切な概念であることを学びました。しかしながら、二つの点において、アディアフォラはない。その一つが信仰告白の事態。もう一つがつまづきの事態です。 Continue Reading →

「祭壇を築く」創世記22:1-14

 礼拝という言葉、旧約聖書では元来「ひれ伏す」ことを指す言葉です。アブラハムやロトが御使いを迎えたとき、ヤコブがエサウに再び会うとき、エジプトのヨセフの前に出る兄弟たち。十戒の偶像を拝んではならないと言われること。礼拝の Continue Reading →

平和を祈る

 この夏で平成が終わります。30年前の昭和の終わりは、戦争と戦後の復興から高度経済成長という時代の一つの区切りであったように思います。平成の30年、バブルの崩壊とともに勢いのあったこの国は高齢化に向かい、産業の空洞化、か Continue Reading →