「神のご計画は人の思いを超えて」エレミヤ29:1-14

 新しい年、いまだコロナが収まらずに迎えました。コロナはかたちは違いますが、バビロン捕囚によって散らされた民の姿は私たちと重なります。エルサレム陥落と神殿の破壊、捕囚と帰還の出来事は旧約聖書の中でも大きなボリュームを占めています。聞くべき大切なメッセージがあるからです。今年の後半はそれをともに学ぶ予定です。
 さて、この預言のことばは、捕囚に引かれていった民に向けて語られたことばです。第一に語られているのは、捕囚の地で生きること、『置かれた場所を生きることを喜びとせよ』ということです。それは容易いことではありません。『バビロンの川のほとり そこに私たちは座り シオンを思い出して泣いた。』(詩篇137:1)とあるように、悔しい思い、なぜこんな目に遭うのかという疑問、元気や意欲を失うことがありました。でも、そこで腐ることなく毎日を大切にへりくだって生きることです。
 もう一つは惑わされるなということです。ダニエルは燃える火の炉、獅子の穴に投げ込まれるという試練を通りました。エステル書の民はユダヤ人虐殺計画という試みを通りました。復興の書、エズラ・ネヘミヤの時代にも妨害の手が伸びてきます。それらの試みの時、みな人の手でどうにかしようとすることより、神の御前に祈ることに導かれました。ことは、私たちの努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。
 『わざわい』としか見えないようなこと、捕囚という出来事も、民を神に立ち返らせるための神のご計画でした。それは民が試みられて人の限りを知り、自らの不信の罪を問い直し、へりくだって神への信仰に生きることを新たにするためです。私たちも、『平安、将来と希望を与える』神のご計画があることを信じて新しい年をともに進んで行くことを祈りましょう。