建物の乱れは、使わないから

 「服装の乱れは心の乱れ」とか「部屋の乱れは心の乱れ」とはよく言われることです。私たちが生きていくということは、必ず、衣食住が伴います。そして、それは放っておいて保てるものではありません。絶えず、手入れが必要ですし、傷んできたなら買い換えたり、直したりをしなければなりません。

 さて、私たちの教会堂は1983年築ですから32年、センターは1966年築ですから49年経ちます。会堂の母子室と食堂の壁紙を貼り替えたのが2004年ですから、それも11年経っています。「えっ、そんなんですか?」と思うほどです。センターは一度、壁紙と天井を張り直し、台所をリフォームしていますが、それからすでに20数年経っています。普段からよく使っていれば、どうにかしたいねという話になりますが、それほど活用できずにいた建物。数年、入ったことがないという兄姉もおられるのではないでしょうか。

 建て替えるにも、是が非にも今!と思えば、進みますが、不都合を感じなければ、そのままです。センターは李師を中心にいままでよりも活用されるようになりました。すると、やっぱり、「もう少しきれいに気持ちよく使いたい」ということになります。

 世の中、汚い古い建物は残念ながら中身がいくら良くても信用されません。トイレの汚いレストランがあったら、いくらいい料理を出したとしても二度と足を運びません。それが人の感覚です。教会の建物はどこかに不備があっても、2、3週間経つと見慣れて気にしなくなります。自分の感覚で見ていたら、ズレてしまうのです。必要なのは誰でも喜んでいただける場所にするという視点です。「建物の乱れは、使わないから」というところでしょうか。それを整えるということは、そこが使われること。宣教の場として、交わりの場として。それをともに祈りましょう。