総会での選挙開票の合間、掃除機の話題を話ました。コードレス掃除機があったら奉仕がしやすいという声があって、すでに購入を依頼していたのですが、皆さんにもちょっと聞いてみようということでした。ちょっとの話題のつもりが、出るわ出るわ。皆さんそれぞれの掃除機に対する思い入れがあることがわかりました。そうです。毎日の生活に欠かせないものはそれぞれのこだわりやこれまでのご苦労があってのこと。
コードレスを買ってみたものの、電池がすぐにダメになったり、吸引力が足りなかったとか、サイクロンがゴミを捨てやすいとか、紙パックは交換が面倒だとか、手元にすぐ使えるのがいいとか。ついでながら、ロボット掃除機は使う前の部屋の片付けが大変とか、教会なら使えるとか、充電器からズレていて充電されていなくて役に立たないとか。
それぞれに掃除にご苦労なさっておられることは同じです。フローリングや畳、絨毯の生活によっても使い方は違うでしょうし、部屋の大きさから何からみんな条件が違うのです。清潔感覚もみんな違います。毎日きっちり掃除をする人もいれば、週に何回かでいいという人もいるでしょうし、何人家族で生活をしているかによっても掃除の頻度も方法も変わってくるでしょう。「あぁ、暮らし方それぞれなんだなぁ」と思ったのです。
ですから、いい悪いなどありません。どれでもそれなりに掃除はできます。しかし、ことが危急なこと、命に関わることであったらそうは言っていられません。災害の避難所の生活だったらどうでしょう。非常時のこと、ただですらストレスなのに、ささいなことの積み重ねがもっと大きなストレスに膨れあがります。「違い」を経験しておくと、それは受け入れる度量を拡げます。「そういうものだ」と受け入れること、小さな教会の中の経験は私たちの糧となることでしょう。