身の周りをきれいに保つことと生きる心の向きというのは結びついているように思います。物をポンポンと捨てられる人がいます。いつまでも捨てられない人がいます。次から次へと物を買い換える人がいます。一つのものを大切に使う人もいます。いつもパリッと整えている人もいます。ボロボロでも平気な人もいます。
コロナの3年間、私たちは教会の大掃除もせずに過ごしてきました。教会堂で過ごす時間というのはみなそれ程長い時間ではありません。「あれっ」と気がつくことがあっても、「また今度、また今度」と思っている間に結局そのままにしてしまっているようなことが多いのです。すぐに数ヶ月、一年と経ってしまいます。ですから、定期的に大掃除をしないとゴミや汚れが溜まったままになってしまいます。恥ずかしながら、私も牧師室の片付けと掃除を放置してしまったので、これを機に少しずつ片付けています。
私たち、身の周りをスッキリすると、心の向きも前向きになるものです。というか、心身が前向きになると身の周りを整えるようになります。いわば、心の状態のバロメーターです。心身の体調が思わしくないとき、バランスを崩しているとき、日常生活に精神的、物理的な余裕がないとき、子育てにゆとりがないとき、あるいは年老いて力を失うとき、身の周りは雑然として整理がつかなくなるものです。
教会もまた、一つのからだです。ですから身の周り、つまり教会堂が雑然としまうときそれはどこかしらからだの不調のしるしとなります。兄姉の尊い奉仕によって、キレイになりました。コロナは単にそれぞれが病にかかるというだけでなく、こんなところにも表れます。スッキリとキレイにできたということは前向きになっているしるしです。さらに前を向いて前進していきたいと願っています。奉仕くださった兄姉暑い中お疲れ様です!