何事にも時期がある

 春から初夏の季節、先週、ようやく菜園を耕しました。記録を見ると、畑をお借りして5年目です。そして、例年、このゴールデンウィークの前には耕し、その前後で夏野菜の植え付けをしています。その前だと、遅霜にやられることがあった Continue Reading →

なくし物をするって

 最近、なくし物をした人を見るととっても申し訳ないのですが、ちょっと嬉しくなります。ヒドイですね。ホントにゴメンナサイ。あぁ、自分だけじゃないって、スゴク慰められるのです。先日もある姉妹に「なくし物ってする?」と聞いたら Continue Reading →

献金の心得

 新しい年度が始まり、それぞれに主の御前にどのように生きるかを再構築していることでしょう。  私たちにとって何を大事にしているのかを表すものは、時間とお金の使い方です。礼拝を献げるということが一つの指標であり、献金を献げ Continue Reading →

イエスの涙と嘆き

 エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。 ルカ19:41  イ Continue Reading →

権力という魔物と億タレ

 人が権力を手にしたとき、初めの思いからかけ離れた傲慢な人間に変わってしまうことは少なくありません。まるで国を世界を自分で動かしているような思いにとらわれてしまうのです。そして、誤りや過ちを詫びるという謙遜な態度をなくし Continue Reading →

なぜなのかよりもどうするか

 東日本大震災から丸7年となりました。私にはどうしてもぬぐい去れない思いがありあした。それは、「神様はどうしてこのような震災を起こされたのだろうか、許されたのだろうか」という思いです。それは、自然災害が起こる度に思うので Continue Reading →

春のよろこび

 3月に入ってぐっと春めいてきました。教会の庭で春一番に花を咲かせるのは水仙とクロッカスです。不思議と毎年その時期になると花を咲かせます。早天祈祷会の朝6時も真っ暗だった冬の時期から少し明るくなってきました。先週は春の嵐 Continue Reading →

体温って36度?37度?

 先日、面白い話がでました。C先生が「日本人は37度になると熱が出た!って言うけれど、私の37度は平熱。A兄も37度は平熱って行ってたょ」と言うのです。その場に居合わせた日本人(笑)は、みな37度は平熱じゃないとみな口を Continue Reading →

教会の悩みと信仰と

 先日訪問した父の従兄弟から自身の属するO教会の50周年記念誌、80周年記念誌を頂戴しました。送ってくださったのです。ザッと目を通しただけでも、そこには長老・執事として記録に名前がずっと刻まれていることがわかりました。8 Continue Reading →

ファミリーヒストリー

 私の父には兄弟がなく、10歳の時に疎開先の東仙台で母を亡くしました。祖父は戦後、転勤願いを出して、そこで家族揃ったのですが、父子家庭になって傷心で東京に戻ってきました。それを支えたのは親類たちです。とはいえ、私にとって Continue Reading →