イエスの涙と嘆き

 エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、言われた。「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。 ルカ19:41  イ Continue Reading →

権力という魔物と億タレ

 人が権力を手にしたとき、初めの思いからかけ離れた傲慢な人間に変わってしまうことは少なくありません。まるで国を世界を自分で動かしているような思いにとらわれてしまうのです。そして、誤りや過ちを詫びるという謙遜な態度をなくし Continue Reading →

なぜなのかよりもどうするか

 東日本大震災から丸7年となりました。私にはどうしてもぬぐい去れない思いがありあした。それは、「神様はどうしてこのような震災を起こされたのだろうか、許されたのだろうか」という思いです。それは、自然災害が起こる度に思うので Continue Reading →

春のよろこび

 3月に入ってぐっと春めいてきました。教会の庭で春一番に花を咲かせるのは水仙とクロッカスです。不思議と毎年その時期になると花を咲かせます。早天祈祷会の朝6時も真っ暗だった冬の時期から少し明るくなってきました。先週は春の嵐 Continue Reading →

「荒野の誘惑」マルコ1:9-13

 イエスは荒野で3つの誘惑を受けられたことはマタイの福音書に記されています。一方でマルコの福音書には触れていません。別の意図があるのではないでしょうか。  イエスが誘惑にあわれたのは荒野です。荒野は原野とは違います。元々 Continue Reading →

体温って36度?37度?

 先日、面白い話がでました。C先生が「日本人は37度になると熱が出た!って言うけれど、私の37度は平熱。A兄も37度は平熱って行ってたょ」と言うのです。その場に居合わせた日本人(笑)は、みな37度は平熱じゃないとみな口を Continue Reading →